ヒストリー

History ねじをものづくりの現場に
供給することで社会に貢献する

創業者 三瓶長久
創業者 三瓶長久
(1929年10月20日生〜1996年10月26日没)

1964年。日本は高度成長期を迎えていた頃です。東海道新幹線(東京―大阪)が開通。東京オリンピック開催。海外旅行の自由化。当時の大卒初任給は21,190円。そんな時代背景の中、創業者である三瓶長久は、「ねじをものづくりの現場に供給することで社会に貢献する。これが豊かな国をつくるための自分の使命だ」という思いを持って、鋲螺販売業を34歳で個人創業しました。これがリネックスの歴史の始まりです。

創業当時の本社倉庫(茨城県日立市)
創業当時の本社倉庫(茨城県日立市)

翌年の1965年に三進鋲螺株式会社を設立。その後、関東地区を皮切りに、全国に次々に事業所を開設しました。各地域の有力サプライヤーとの関係を強固なものにするとともに、全国規模でサービスを提供できるネットワークが整いました。

設立25周年を迎えた1990年。CIS(コーポレートアイデンティティ)を導入しました。企業コンセプトを「LINK=つなぐ」とし、商号を株式会社リネックス・サンシンに変更したのです。これは、ねじの専門商社としての新しい姿を求め、「築き上げたものの上に安座することなく、あえて崩し考え直す」という、全く逆の発想から始まったものでした。

1997年以降、国内市場の変化・グローバル化に合わせて積極的に事業領域を広げました。その一例が、MIM(ミム)部品の研究開発や、海外現地法人の設立です。そして、事業基盤の強化にも着手しました。いち早くインターネットを導入し、カスタマーとサプライヤーをスピーディーにつなぐことを可能にしました。また、ISOを取得し品質保証体制を構築するとともに、人事制度を刷新し人材育成と採用システムを確立するなど、事業基盤を強化しました。

2015年に創立50周年を迎え、これを次の時代に向けた第3の創業と位置付け、商号を「株式会社リネックス」に変更しました。現在、リネックスは600社に及ぶ協力サプライヤーとアライアンスを組み、最新の技術や製品を提案することを得意としている「開発提案型商社」としての地位を確立しています。

「開発提案型」とは、カスタマーの求めている様々なニーズを実現するために、最新の情報収集を行い、加工技術を発掘して、開発・設計段階から問題解決に取り組み、最適な提案をすることです。例えば、協力サプライヤーの中には、社長夫婦だけで頑張っているような“家内工場”があり、世界でそこにしかない加工技術を編み出しているケースも珍しくありません。協力サプライヤーが持つ技術とカスタマーの製品づくりへの思いをつなぐために、リネックスが最新のノウハウを提案して、世に新商品を送り出すことで、サプライヤーとカスタマーをつないでいるのです。

今やものづくりの生産拠点は海外に広がり、ワールドワイドに高品質な部品調達が求められる時代です。今後、製品はさらに進化し、最新の商品・技術が世界中で求められることでしょう。未来には、いったいどのような製品が生まれてくるのでしょうか。想像するだけでもワクワクせずにはいられません。

一つ言えることは、未来の製品にもリネックスの最新の提案が採用されていることでしょう。これからも、リネックスが優れた製品づくりを支援し、みなさんの生活がより豊かに快適になることを通じて社会に貢献してゆきます。